

1895年にアメリカのD.D.パーマーによって発表された治療法です。
ある時、難聴の使用人の背骨を調べていたところ、背骨(胸椎)の出っ張りを見つけました。そこを矯正した結果、使用人の耳がよく聞こえるようになりました。この出来事をきっかけに背骨を調整することによる治療法を編み出したのが、カイロプラクティックの始まりと言われています。
カイロプラクティックという言葉は、ギリシャ人の学者であり牧師であるサミュエル・H・ウィードによって名付けられました。語源はギリシャ語でカイロが「手」、プラクティコスは「技術」のことです。この二つの言葉が合わさってカイロプラクティック「手技」と命名されたのです。
D.D.パーマーは、背骨を矯正することは「神経のトーン」の変調(神経系の働きの異常)を整えることだと考えました。神経の働きが高くなっても低くなっても病気になると考えていたからです。現代の医学は、背骨の歪みと神経の働きの異常、内臓の働きの異常について次第に明らかにしてきました。背骨の歪みは私達の身体の健康に深く関わることが分かってきたのです。
その後カイロプラクティックの治療として、たくさんのテクニックが発明され、研鑽されてきました。今日では発祥の地アメリカを含め世界数十カ国で公認され、病気の治療、または健康の維持、予防に寄与しています。特にアメリカでは所定の学位を修めた者に対し、米国公認の証としてドクター・オブ・カイロプラクティック(D.C.)を与えています。つまり、カイロプラクティックは医学の一分野であり、カイロプラクター(治療者)は、薬や器具を使わないで手技によって私達の身体を健康にする予防医学の専門家であると人々に認められ、求められいるのです。
『筋骨格系の機能、構造的な障害と、それが及ぼす神経系の機能異常、ひいては健康全般への影響を診断、分析・治療・予防する専門職です。脊柱マニピュレーション(アジャストメント)を主とした徒手治療を特徴とする』 (世界カイロプラクティック連合
第5回総会1999年)
創立者は医学博士
本校の創立者である松井洋一郎(故人)は、昭和大学教授、中国北京首都医科大学名誉教授を歴任した医学博士で、長年医学生を教育していました。退官後、日常の生活習慣や職場の労働環境からくる身体・脊柱のゆがみが、脳・神経機能、ひいては血液循環、臓器機能の障害につながると捉えるアメリカ医学の一分野=カイロプラクティックに出会った時、手術や薬物に頼らず、手技で身体・脊柱のバランスを矯正、それによって全身機能を回復させ、人間本来の自然治癒力を高め、疾病を改善するこの療法を正確に施すことができる人材がこれからの日本でも求められると考えました。先進国の中でも日本人は、健康の「予防」・「維持」・「促進」に関心が高い国民であります。日々のくらしの中で、健康に関係する商品広告やTV番組を目にしない日はありません。
日本の現状
日本にカイロプラクティックが紹介されたのは、大正時代になります。
明治末期に柔道指導で渡米し、その後パーマー・カイロスクールを卒業した川口三郎D.C.が1916年(大正5年)に帰国し、紹介しました。その後、当時の神奈川県知事を治療したことがきっかけとなり、日本で始めてカイロプラクティックが公認されました。
1991年(平成3年)、厚生省からガイダンスが提示され、1992年11月に12のカイロプラクティック団体が集まって「日本カイロプラクティック連絡協議会」(元東京大学教授 大島正光会長)が発足しました。発足以来、財団法人設立を目指し、自主規制や教育水準の検討が進行中です。
しかし2005年現在にいたるも、わが国においてカイロプラクティックは法制化されておらず、基礎医学を十分修めずに開業してしまう者もいるようです。それが正統なカイロプラクティックの普及にブレーキをかけていることは紛れもない事実であり残念なことです。
日本における法制化は、珠玉混在しているカイロプラクターを選別することになります。人々に安心してカイロプラクティックを必要なときに受診して頂くためにも大切なことです。このことはカイロプラクティックに関わる人々で取り組んでいかなければならない課題です。
しかし法制化されるまで待機しているわけにはいきません。必要とする方が存在するのですから。
日本でもカイロプラクティックは認知されつつあります。大リーグで活躍する松井秀喜選手が2004年よりカイロプラクティックをコンデショニング管理に取り入れることにしたというニュースは記憶に新しいです。(2004年12月2日報知新聞掲載)また、柔道の谷亮子選手のお父さんもカイロプラクターで娘さんの体調管理をしていたことはTVのワイドショーでご覧になった方もいらっしゃるのではないでしょうか。日本で法制化されていないからこそ、自ら襟を正し、真摯にメディカル
カイロプラクターの育成に取り組んでいかなければなりません。MCC横浜は、松井洋一郎のそのような志を引継いだ山道在明(現学校長)に賛同してくださった先生方に支えられ、また教育を担って頂いております。